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![]() インド 1971年 |
このたび「メメント・モリから少年の港 藤原新也展」を開催いたします。
藤原新也は、これまで写真と言葉を駆使して、時代を切り取る独自の表現を築き上げてきました。 インドを起点に、チベット、中国、朝鮮半島を含む全東洋から、アメリカ、ヨーロッパへと続いた藤原新也の旅は、生まれ育った門司「少年の港」で、ひとつの区切りを迎えます。 本展はおよそ30年に渡るその旅の軌跡を、何必館コレクションのオリジナルプリント約100点によって構成する回顧展です。 |
![]() インド 1971年 |
![]() 『メメント・モリ』から20年。この言葉と2頭の犬の写真は、人々に強い衝撃を与えました。ラテン語の " (死を想え)"というメッセージとともに、藤原新也の写真と言葉は、若者たちの信仰にも似た共感と、圧倒的な支持を受けてきました。
変わることのない青春の情熱と、現代人への厳しい批判が込められた彼の作品から、私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。 |
![]() インド 1971年 |
![]() チベット 1973年 |
![]() イスタンブール 1979年 |
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藤原新也の彷徨 梶川芳友 |
藤原新也は、時代という断層に引き裂かれた人々の、記憶と情熱を鼓舞しつづける旅人、といえるかもしれない。
私が最初に藤原新也を知ったのは、20代後半の頃に見た「インド発見100日旅行」という『アサヒグラフ』の連載であった。海外旅行がまだ珍しかった時代に、鮮烈な写真と、熱気あふれるインド放浪の旅行記を、私は毎号心待ちにして読んでいた。 それから10数年後の1983年、藤原新也の出発点ともいえる『メメント・モリ(死を想え)』が発表された。体験としての写真と、思想としての言葉がひとつとなって、人々の意識の中へ滑り込んでいく。自分とはなにか、生きるとはなにか、という本質的な疑問に呼応し、心動かされるのである。若者たちの信仰にも似た共感と、圧倒的な支持によって、今も読み継がれている。 藤原新也は、高校生のときに家業の旅館が倒産し、すべてを失い家族とともに見知らぬ土地へと移り住んだ。故郷をなくした少年の自分探しの旅はこの時から始まっていたのであろう。ゆえに、約30年に渡るインド、チベット、イスタンブール、中国、朝鮮半島を含む全東洋から、アメリカ、ヨーロッパへの旅は、生まれ育った門司『少年の港』へと帰っていくのである。 藤原新也の本質は、変わることのない青春の情熱にある。通り過ぎた場所の記憶と、未知なるものへの期待が、現在という時間を満たしてくれる。藤原新也の写真には、いつ、いずれの場所であれ、生や死を思い描く彼の、現代人への厳しい批判が込められている。 情報化社会が世界を席巻し、仮想の現実がすべてを覆い尽くしていくなかで、わずかに垣間見える本物の生と死をすくい留める才知は群を抜いている。 人間としていかに生き、いかに死を受け入れていくかを探し求める藤原新也の彷徨は、今も続いている。 |
| (何必館・京都現代美術館長) |
![]() アメリカ 1989年 |
![]() 少年の港 1991年 |
| 年譜 |
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関連グッズ
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