| 1911 |
10月25日、山口県大津郡三隅町に生まれる。 |
| 1927 |
津和野の実母のもとに、油絵の具の無心状を描き、送られてきた油絵の具ではじめて油絵を描く。 |
| 1929 |
川端画学校洋画部に通いデッサンを勉強する。 |
| 1931 |
東京美術学校油絵科に入学し、藤島武二の教室に学ぶ。 |
| 1934 |
国画会9回展に「雪降りの山陰風景」を出品、初入選する。 |
| 1936 |
東京美術学校を卒業。
北海道庁立倶知安中学校(現北海道立倶知安高等学校)に美術教師として赴任する。 |
| 1943 |
1月、召集礼状を受け、山口市の西部第4部隊に教育召集兵として入隊、第1機関銃隊に配属される。
4月、本召集にきりかえられたのち、満州国(当時)興安北省ハイラル市に動員される。 |
| 1945 |
セーヤ収容所に入れられ火力発電の薪づくりに従う。 |
| 1947 |
帰国し、下関高等女学校に復職。 |
| 1947 |
山口県立深川高等学校に転任と同時に、郷里三隅町の実家に移り住む。 |
| 1949 |
サロン・ド・プランタン賞を受賞。 |
| 1951 |
第1回サンパウロ・ビエンナーレに「室内」を出品。 |
| 1953 |
戦後はじめての回顧展を下関市長府博物館で開く。 |
| 1960 |
山口県立大津高等学校を退職する。 |
| 1962 |
ノードラー画廊(パリ)にて、海外初個展を開く。
国画会を退会する。 |
| 1966 |
九州産業大学芸術学部油絵科主任教授に着任。 |
| 1969 |
「シベリア・シリーズ」に対して、第1回日本芸術大賞が贈られる。 |
| 1971 |
第14回安井賞展の選考委員を委嘱される。 |
| 1974 |
3月8日、心筋梗塞のため逝去。 |