|
![]() 庵と池 2003年 | |
![]() 大風 2003年 |
![]() 雨と太陽 2003年 |
![]() 庵と川と都忘れ 2003年 |
|
|
中野弘彦の無常 梶川芳友 |
中野弘彦は風が描ける。雨を表象できる。
死に向かう個の時間を、流れる風のなかで、じっと眼を凝らしている。 私が初めて中野弘彦に会ったのは、1971年京都同時代展の集まりであった。それから八年間、中野弘彦の歩みを注視し、その後展覧会の依頼をした。しかし制作は遅々として進まず、開催までじつに10年の時を要したのである。 その間に、私は中野弘彦から100通を越える書簡をもらっている。展覧会評、一点の作品について、芸術観、作家論と多岐に亘るが、いずれも真摯で厳しく、確たる自分の考えで語られていた。ときには独り言のように、それでいて心打たれるものであった。 多くの画家は、自己の絵画観を持たず、描写力や技術だけに頼り、目に見えるものに少しの色づけをし、ただ移し替えているだけのように思われる。画家にとって最も重要なことは、自己の絵画観の確立である。 中野弘彦の絵画は、「人間とは」「生きるとは」「欲望とは」そして「絵画とは何か」という問いから出発している。 ニーチェやハイデッカーの思想を基底とし、藤原定家や鴨長明の異なる自然観を軸に、自己の問いを深めていく。自らの「無常」をより簡明に視覚化することで、亡びゆくものに美を求める種田山頭火や松尾芭蕉の深い悲しみと重なり合うのである。 そうした思索のなかで、中野弘彦は「無常の最終形態は死である」という自らの哲学を、絵画の世界に拓こうとしているのである。 あらゆるものが画一化され、自分の表情を失いかけている現代にあって、ひたむきに生と死の根元を見ようとしている作品群である。 |
| 年譜 |
||||||||||||||||
|
関連グッズ
→ミュージアムグッズ一覧はこちらへ ![]()
|