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1981年、東京日本橋で志村ふくみさんの個展が開かれていた。私はその会場で何点かの作品を拝見するうちに、ここにパウル・クレーがあるではないか、と思ったのである。志村さんと話していると、「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、眼に見えるようにすることである」というクレーの言葉を大事にされ、眼に見えないものの存在を確信しておられることがわかった。私は、いつか企画展をお願いしようと決めていた。
自然との対話を創造の磁場としたクレーにとって、植物は重要な創作モチーフのひとつであった。草木染の志村さんがクレーと巡り会うことは、自然の理法のような気がする。しかし、制作過程で植物の生命をいただく志村さんは、より厳粛な世界に棲んでいるといえるかもしれない。
「色彩は光の行為であり、受苦である」
ある日、志村さんは創作活動に決定的な意味を与えられたというゲーテの色彩論を切り出された。私もこの短い一行に、領域を問わず、芸術家の根源的な主題が表現されていると考え続けていたのであった。見えないものを見えるようにする光、植物の生命を醸成し再生する光。志村さんの作品は光からの贈り物であるが、それは光に奉仕する作家の精神の運動でもある。
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