北大路魯山人作品室




作品室



北大路魯山人(1883〜1959)は、陶芸をはじめ書・絵画・篆刻など、美術工芸のあらゆる分野で個性溢れる作品を生み出した作家である。その作品はどれも魯山人でなければ成し得ない自由闊達な仕事である。
『つばき鉢』は、直径40cmもある大鉢で、もろく壊れやすい楽焼という手法で作るところがいかにも魯山人らしい。大らかな桃山期の気風さえ感じられる傑作である。
つばき鉢

つばき鉢 1938年


備前旅枕花入

備前旅枕花入 1958年
双魚絵平鉢

双魚絵平鉢 1935年



桃山風椀

桃山風椀 1944年


鉄製置行燈

鉄製置行燈 1949年




坐辺師友

梶川芳友


私の好きな言葉に「坐辺師友」というのがある。
魯山人の世界を見事にとらえた言葉である。自分の周辺の生活空間、自分の身辺にあるものこそが、おのれの師であり友である、という意である。
魯山人自身、自らの眼を鍛えるために、優れた美術品を常に身辺に置き、使いこなすことで、先人の工夫を必死に学んでいたのである。魯山人にとっては、自由にその心を学び取ることが最上の芸術修行の方法であったのであろう。しかしそれは芸術上のことだけではない。日常の暮らしの中で何を身辺に置くかが、生活観を確立する上で非常に重要な要素となる。優れたものに囲まれ生活していると、自ずとその心を学び取ることができる。言い換えれば、身の回りの環境によって人はつくられる、ということなのである。

創作家としての魯山人を表現する言葉は数多い。
稀代の天才書家、篆刻家、画家、作陶家、料理人、そして当代きっての辛口の美学者として、出版人としての活動もその中に含まれる。そのすべてに共通しているのが鑑賞眼であり、あらゆる美を渉猟しつくし自家薬籠中のものとして、まったく新しい美を表現していることである。その世界は極めて自由闊達、自在であり、すべてに「眼」がゆき届いて隙がない。完璧の中に自由があり、見るものを鋭く拒絶するかと思えば、人を癒してくれる慈悲がある。

魯山人はものを観るのに躰全体で見たといわれる。先人の作った古陶磁器や画を観るときの彼は、まるで魂をうばわれてしまったかのように、忘我の極致にいたのであろう。これは制作態度にも窺えることで、一種の憑依とも思われるのである。筆をとると一息に文字をつくる。それは、書という概念にある静謐なものではなく、荒々しい躍動と生命力に溢れたものであった。

しかし、出来上がった作品は、彼の外面や言動から受けるあの傲慢さ、豪胆さというイメージから全く乖離した繊細で虚心ともいうべき光景がその中にみられる。この隔たりこそが魯山人美学の本質ではないか、と私は考えている。

傲慢、不遜、野蛮など、生前の魯山人を知る人の多くは、彼のことを揶揄する。しかし私は逆に、魯山人の中に、美に憑かれ純粋無垢に生涯修業を続けた、穢れない精神を見るのである。
近代芸術家の中にあって、私は魯山人の精神、作陶に、人の求めるべき道があるように信じるのである。




年譜


1883 3月23日京都府愛宕郡上賀茂神社の社家北大路清操、とめの次男として生まれる。本名房次郎。
1889 福田武造の養子として入籍。武造は木版師。上京区丸太町の梅屋尋常小学校に入学。
1893 梅屋小学校卒業。卒業と同時に「千板わやくや」に丁稚奉公に入る。
1896 養家に戻り、木版業を手伝う。
1899 当時流行の西洋看板書きにより、収入を得、書の研究に打ち込む。
1904 日本美術展覧会書の部に出品、1等賞を受け、宮内大臣田中光顕子爵に買い上げられる。
1905 京橋南鞘町に住む町書家岡本可亭に師事、住込みの弟子となる。
1907 岡本可亭を辞し、中町和泉町に借家し、書道教授の看板をかかげ、福田鴨亭と号す。看板、版下書き、書道教授をもって生計を立てる。
1919 中村武四郎と共同で「大雅堂芸術店」を開店。
1921 大雅堂美術店経営のかたわら、同人組織美食倶楽部を発足させる。
1925 星岡茶寮を開く。
1926 北鎌倉在山崎の借地の一角に築窯。
1927 北鎌倉山崎に「魯山人窯芸研究所」発足。
1936 星岡茶寮を追われる。9月より1年間、荒川豊蔵、山崎の魯山人窯芸研究所に滞在。
1938 6月『雅美生活』創刊。
1942 漆器制作に専念する。
1945 星岡茶寮、空襲により全焼。
1946 銀座5丁目に、魯山人工芸処「火土火土美房」開設。窯場を「魯山人雅陶研究所」と改称する。
1951 パリのチェルヌスキー美術館にて「現代日本陶芸展」開催。魯山人の作品も出品される。イサム・ノグチ、山口淑子夫妻、山崎の魯山人邸の一棟、田舎屋に入居。
1954 アメリカ、ヨーロッパ各地を行脚。ニューヨーク近代美術館にて「魯山人展」開催。
1955 重要無形文化財の指定を受けるよう勧められるが固辞する。
1959 ジストマによる肝硬変にて、12月21日午前6時15分死去。西方寺に埋葬される。








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